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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2568号 判決 1982年2月17日

控訴人・附帯被控訴人 山口政夫

右訴訟代理人弁護士 橋本正夫

同 橋本裕子

控訴人・附帯被控訴人 小坂博

右訴訟代理人弁護士 高橋勝好

同 望月保身

被控訴人・附帯控訴人 山田成年

右訴訟代理人弁護士 佐藤久

同 藤森克美

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)両名は、被控訴人(附帯控訴人)に対し各自金三〇〇〇万円及び内金二八七〇万円に対する昭和四七年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  控訴人(附帯被控訴人)両名の控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)両名の連帯負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

控訴人ら・附帯被控訴人ら代理人(以下、「控訴人ら代理人」という。)は、「原判決のうち控訴人ら・附帯被控訴人ら(以下、「控訴人ら」という。)敗訴部分を取消す。右取消部分につき、被控訴人・附帯控訴人(以下、「被控訴人」という。)の請求を棄却する。本件附帯控訴を棄却する。被控訴人が当審において拡張した請求部分を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人・附帯控訴人代理人(以下、「被控訴代理人「という。)は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決主文第一、二及び四項を次のとおり変更する。控訴人らは、各自被控訴人に対し金三〇〇〇万円及び内金二八七〇万円に対する昭和四七年五月二二日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた(被控訴人の請求した右金員のうち金二〇八九万六六七一円を超える部分及びこれに対する昭和四七年五月二二日以降支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は、当審において拡張された部分である。)。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり改め、加えるほか、原判決事実摘示(原判決二枚目―記録一七丁―表八行目「請求の原因として」から原判決一三枚目―記録二八丁―裏八行目まで。)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目―記録二〇丁―裏四、五行目「一一月二〇日」とある次に「まで」を加え、原判決六枚目―記録二一丁―表末行「医し難い」とあるのを「癒し難い」と改め、原判決七枚目―記録二二丁―裏六行目「原告の」から同七行目「判決を求め、」までを削り、原判決九枚目―記録二四丁―裏八行目「完全とは」とあるのを「完全には」と改め、原判決一〇枚目―記録二五丁―裏五行目「原告の」から同六行目「判決を求め、」までを削る。)。

一  被控訴代理人は、次のとおり述べた。

1  さきに引用した原判決事実摘示中請求原因三3の主張事実(原判決五枚目―記録二〇丁―裏七行目から原判決六枚目―記録二一丁―表八行目まで)を次のとおり改める。

「3 労働能力喪失による損害

金五二〇〇万〇五三四円

被控訴人は、本件事故によりその労働能力の少くとも七〇パーセントを喪失した。被控訴人は、昭和二七年一一月一〇日生れで就業可能となった昭和四八年一一月二〇日当時満二一歳であったが、昭和五四年度の賃金センサスに基づき昭和五四年度の男子労働者産業計・企業規模計・学歴計・年令計によれば、きまって支給する現金給与額は二〇万六九〇〇円であり、年間賞与その他特別給与額は六七万三八〇〇円であるから、年間収入は三一五万六六〇〇円であり、今後六七歳まで四六年間稼働可能であり、本件事故により喪失したこととなるその間の得べかりし利益の七〇パーセントをホフマン式計算方法(ホフマン係数二三・五三三七)により算出するとその額は五二〇〇万〇五三四円となる。」。

2  さきに引用した原判決事実摘示請求原因三5弁護士費用の主張中原判決六枚目―記録二一丁―裏九行目及び原判決七枚目―記録二二丁―表二、三行目に費用「金一〇五万円」とあるのを「金二〇〇万円」と改め、同事実摘示請求原因四中同丁表九行目に弁護士費用を除く原告の損害額「金一九八四万六六七一円」とあるのを「金五五八二万九九三四円」と改める。

3  さきに引用した原判決事実摘示請求原因五(原判決七枚目―記録二二丁―表一〇行目から裏二行目まで)を次のとおり改める。

「五 前叙のとおり控訴人両名が被控訴人に対し支払うべき損害賠償額は、合計金五七八二万九九三四円であるところ、被控訴人は、控訴人両名に対して連帯して、右のうち弁護士費用の一部請求として金一三〇万円の、その余の損害金の一部請求として金二八七〇万円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四七年五月二二日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

4  控訴人小坂は、過失があるとしても、その賠償義務は、本件交通事故による損害を増大ないし増悪せしめた範囲に限定されるべきであると主張する。

しかし、右主張は、以下に述べるように不当である。すなわち、本件は、損害としては片足の切断という被害が生じたのであるが、控訴人山口の過失による本件交通事故の発生と控訴人小坂側の治療上の過失とは、わずか約一時間くらいしかずれがなく、それ以降は、事故による骨折と同骨折部への医師の過失によるガスえそ菌の繁殖という事態が同時的に刻々と進行し、結果として足を切断しなければ生命が危険という状態を生ぜしめられたものである。このように、事故の過失と医師の過失はそれぞれ独立して不法行為の要件を備えるものの、前記のように、本件事故と医師の過失が時間的にも接着し、それぞれが原因となり、湯河原厚生年金病院での治療、足の切断、入院の長期的継続、経済的損失の招来という結果をきたしたのである。被控訴人の肉体的、経済的、精神的損害は、ある時期までは交通事故によるもの、それ以後は医者の過失によるものというように截然と区別できるものではなく、まさに、両原因が一体となったのであるから、そこには客観的共同関連性があり、共同不法行為の要件を明白に満たしている。そして、本件損害に対する両原因の寄与度如何は、加害者間の内部負担の割合の問題でしかない。

5  控訴人らの時効の主張について。

被控訴人の当審における請求拡張部分は、当初の請求における訴訟物たる不法行為に基づく損害賠償請求権のうち、逸失利益部分の算定基準を変更したために生じた増加額であるにすぎず、当初の請求と訴訟物を同じくするものである。そして、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨を明示しないで訴を提起した場合は、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、この場合には、訴の提起により右請求の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずると解するのが相当である。したがって、被控訴人のした本訴の提起による時効中断の効果は、右請求拡張部分にまで及ぶと解すべきである。

二  控訴人小坂代理人は、次のとおり述べた。

1  被控訴人の生年月日が昭和二七年一一月一〇日であることは認める。

2  被控訴人は、昭和五四年度の賃金センサスに基づいて労働能力喪失による逸失利益を算定主張している。しかし、不法行為による損害賠償額の算定については、不法行為時を基準とすべきであるから、行為後数年を経た昭和五四年度の賃金センサスに基づいて逸失利益を算定することは相当でない。

ところで、本訴提起時の控訴人らに対する請求額は二〇八九万六六七一円(うち弁護士費用一〇五万円)であり、これはいわゆる一部請求ではない。本附帯控訴による請求中、弁護士費用を除く一部請求額は二八七〇万円であるが、このうち八八五万三三二九円は本附帯控訴まで裁判上の請求がされていない。被控訴人の請求は、治療費、休業補償、慰謝料、後遺症による逸失利益であるが、右八八五万三三二九円は後遺症による逸失利益の分である。しかし、後遺症による逸失利益賠償請求権の消滅時効の起算点は、遅くも症状固定の時と解すべきである。被控訴人は昭和四八年一一月二一日から就労したというから、その時には症状が固定していたとみるべきである。したがって、請求拡張部分中八八五万三三二九円の請求権は、昭和五一年一一月二一日の経過により時効により消滅した。

3  被控訴人の現症に対して控訴人小坂の負う責任範囲について。

被控訴人の受傷は、被控訴人自身のもしくは被控訴人と控訴人山口双方の過失により生じたものである。そして、その傷害の程度は、受傷直後において既に右下肢の機能を失う結果となる程度の重大なものであった。重大な外傷の初期治療に際し、医師が感染症の発症を防止すべき相当の処置をすべきことは当然であるが、外科的治療は、感染症の予防に尽きるものではない。もし、感染症の発症のみを防止するなら最も的確な方法は受傷直後における患部の切断であろうが、これが外科医として採るべき途でないことは明らかである。医師は病状の変化に従って治療をなすべきであり、身体の部分は可及的に残されるべきである。この点から初期治療に当った中山医師は、いわゆる保存的処置を行ったものであり、しかも、当然の経過観察の時間中に被控訴人は強引に退院して他の病院に転医し、控訴人小坂が治療を加える余地をなからしめている。右の点からすれば、初期治療が責任を問われるのは、過失に因り損害の結果を増大させた範囲に限ぎられなければならない。すなわち、被控訴人が自ら招いた傷害による損害の金額を控除したその余の金額に限ぎられる。したがって、もし中山医師の治療に過失を認めるとしても、その責任の範囲は、受傷時に被控訴人の被った損害を増大ないし増悪せしめた範囲に限定されるべきである。しかも、この部分については、被控訴人の主張・立証はなく不明である。

三  控訴人山口代理人は、前掲二1、2のとおり述べた。

四  《証拠関係省略》

理由

一  当裁判所は、被控訴人の当審において拡張した本訴請求につき、これを正当として認容すべきであるとするものであって、その事実認定及びこれに伴う判断は、次のとおり加え、改め、削るほか、原判決の理由説示(原判決一三枚目―記録二八丁―裏一〇行目から原判決二九枚目―記録四四丁―裏六行目まで。)と同一であるから、その記載を引用する。当審における新たな証拠調の結果をもってしても、右認定・判断を左右するに足りない。

1  原判決一四枚目―記録二九丁―裏五、六行目に「原告及び被告山口(後記措信しない部分を除く。)本人尋問の結果」とあるのを「原審及び当審における証人山口久司、同被控訴人及び同控訴人山口(後記採用しない部分を除く。)の各供述、当審における検証の結果」と改める。

2  原判決一五枚目―記録三〇丁―表三行目に「なっているおり、」とあるのを「なっており、」と改め、同裏一行目「時速約四〇キロメートルを超える」から、原判決一七枚目―記録三二丁―裏三行目までを次のとおり改める。

「時速四〇キロメートルを超える速度に加速してそのまま直進を続け、交差点手前に差しかかった際、北方小田原市方面から対向車線を進行して来て熱海駅方面に右折しようとしていた控訴人山口運転のトヨタパブリカ四五年式相模五五す五七八八号を前方約二五メートルの交差点内の地点に認めたが、右車が自車の通過をまって右折するものと考え、そのままの速度で交差点を通過しようとしたところ、右控訴人運転の車が被控訴人運転の車の通過を待たずに右折するのを見て、あわてて加速するとともにハンドルを左に切り控訴人山口の前面を横切って衝突を避けようとしたが、避け切れず自車右側面部に控訴人山口の右車前面フェンダー、バンパー部を以て衝突され、前面のコンクリート擁壁に衝突転倒したこと、他方控訴人山口は、右普通自動車を運転して北方小田原市方面から本件事故現場の交差点に近づき、熱海駅方面に右折しようとしたが対面の信号機の表示が赤色であったので、減速しつつ更に右交差点に接近した際右信号機の表示が青色に変ったので、時速約二五ないし三〇キロメートルの速度で先行車に続き約一一・四メートル離れて右折をはじめたが、南方から国道一三五号線上を直進する被控訴人運転の自動二輪車に気づかず、殆んど交差点中央附近に進んではじめて自車前方約二・八メートル余の地点を横切ろうとしている右自動二輪車を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、自車右前部を右自動二輪車の右側面部に衝突させてこれを転倒させたことが認められる。原審及び当審における証人山口久司、同控訴人山口本人の各供述中右認定に反する部分は、採用することができない。

右認定の事実によれば、控訴人山口は、本件交差点において右折しようとした際に、前方を注視すれば南方伊東市方面から北方小田原市方面に向け対向して直進して来る被控訴人運転の自動二輪車を少くとも同車が本件交差点に進入する直前に発見することができた筈であって、そうすれば、直進してくる自動二輪車の動向に注意し、交差点内において右自動二輪車の通過をまつか、自車の速度を調節して交差点を通過するなどして直進車との衝突を防止することができたであろうに拘らず、前方注視を怠って漫然右折した過失により、右措置をとりえず本件事故が惹起されたものである。したがって、本件事故につき、同控訴人の過失は免れない。もっとも、被控訴人は、交差点手前に差しかかった際、前方約二五メートルの地点交差点内において控訴人山口運転の車が右折しようとしているのを認めたのであるから、なおいっそう同車の動静に注意を払うときは、先行右折車の通過した後約一一・四メートル離れて追随する控訴人山口運転の車がそのまま右折を続けることを知り得、減速もしくは方向変更等により、安全な速度と方法で進行し、衝突を回避すべき措置をとることができたものと認められるから、被控訴人にも本件事故発生について過失があることは否定しがたい。」

3  原判決一八枚目―記録三三丁―表四行目「第四号証、」の次に「第一一号証の一、二、」を加え、同七、八行目に「山田勇吉の証言」とあるのを「原審証人山田勇吉、当審証人立岩邦彦の各供述」と改め、同一〇行目に「嘔吐を覚え、」とあるのを削り、同裏一行目に「チアノーゼ」とあるのを削る。

4  原判決一九枚目―記録三四丁―表九行目「証人太田伸一郎」とある次に、「、原審証人中村千行」を加え、同六行目の次に、以下のとおり加える。

「ところで、一般に医師の治療行為は、診療当時の医学的知識に基づき万全の注意を払ってその治療を実施しなければならず、医師が右の注意を怠り必要とされる処置をなさず、それによって疾患を生じた場合には、当該医師に医療上の過失責任は免れないものというべきである。」

5  原判決一九枚目―記録三四丁―裏五行目「治療に当って」から同八行目「防止のために」までを次のとおり改める。

「治療に当っては、一般の外科治療におけると同様に、創の治療とともに、受傷による出血、とう痛から生ずる全身状態の悪化を防止しなければならない。このため可及的速かに治療を行い、患部を安静な状態におかなければならないから、どの程度の処置を行うべきかは、医師が当該疾患に対して有する適切な知識と経験の範囲において最善と考える方法によって決すべきところではあるが、しかし、破傷風、ガスえそなど嫌気性菌による感染症の発症の防止に意を用いなければならない。そのためには、」

6  原判決二〇枚目―記録三五丁―表一〇行目「開放性に処置」の次に、「すべく、このためには少くともガーゼを創口に挿入し(ドレナージ)、外界との接触を保つよう処置」を加える。

7  原判決二〇枚目―記録三五丁―裏一行目の次に、以下のとおり加える。

「控訴人小坂は、ガスえそをはじめとする嫌気性菌による感染症は好気性菌によるそれに比して極めて例が少なく開放創傷の感染症としてまず考えなければならないのは好気性菌による感染症であり、被控訴人は道路上において受傷したものであり、局所所見においても創の汚染度は強くなかったから、その治療については好気性菌による感染症の予防を主とすべきであって、そのためには患部を縫合すべきである旨主張する。そして、原審及び当審証人中山一誠、当審証人伊藤隆雄の各供述中には右と同旨の供述が見られ、当審証人島田信勝の供述中にも一部右の主張にそう供述部分が見られる。しかし、前掲甲第六号証、原審証人中村千行、同太田伸一郎、当審証人立岩邦彦の各供述によれば、外傷によるガスえその発症例は比較的少いけれども、アスファルト舗装の道路上における解放性骨折の受傷が基で発症することも一般に起りうることであり予測されるところであること、ガスえそは、好気性菌による感染症に比して発病後経過がきわめて速く、死亡率が高いので最も恐れられている創傷伝染症であること、したがって、道路上における交通事故などによる解放性骨折の受傷の場合には、治療を担当する医師としては好気性菌による感染症の予防もさることながら、嫌気性菌による感染症の予防には厳に意を用いるべきであることが認められ、右認定に反する前記各証人の供述部分は採用しがたい。また、いずれも成立に争いのない乙第七号証の一、二、甲第二二号証によれば、創傷について、受傷後数時間以内のものであれば縫合閉鎖するのが理想とされる旨記載された文献も見られるが、その場合でも、皮膚を石鹸水と刷毛をもって充分に消毒し、創は大量の生理食塩水をもって洗浄すべきものとされている(甲第二二号証)のであるから、右各記載をもっても前記認定をくつがえすことはできない。」

8  原判決二二枚目―記録三七丁―裏一行目「たやすく措信することができない。」から同九行目までを、「これを採用することができない。また、当審証人林源吉の供述も前記認定をくつがえすに足りるものではない。」と改める。

9  原判決二二枚目―記録三七丁―裏一〇、一一行目「中山医師は」から原判決二三枚目―記録三八丁―表八、九行目「処置を誤った」までを次のように改める。

「中山医師は、被控訴人の右下腿開放性骨折について、外科医として当然なすべき前記ガスえその発症防止に意を用いることを怠り、感染防止のための創傷の外科的清掃消毒を十分に尽さず、かつ創傷を開放に処置するか少くともガーゼドレナージ等により外界との接触を保つよう処置しなかったのであるから、被控訴人の右下腿開放性骨折に対する医療処置を誤った」

10  原判決二四枚目―記録三九丁―裏九行目の次に、以下のとおり加入する。

「控訴人小坂は、仮に中山医師の治療に過失を認めるとしても、その責任の範囲は、受傷時に被控訴人の被った損害を増大ないし増悪せしめた範囲に限定されるべきである旨主張する。しかし、前叙のとおり前記認定の事実関係のもとでは、控訴人山口の行為と中村医師の行為とは客観的に関連共同しているものであるから、両者は共同不法行為の関係にあり、控訴人小坂は、被控訴人が本件右大腿切断によって被った損害のすべてを賠償すべき責任がある。なお、被控訴人が中山医師より前叙のとおりの治療を受け、その翌二二日午前一〇時ころ他に転医した事実は、当事者間に争いがない。原審証人山田勇吉、同控訴人小坂博本人の供述によると、右転医は被控訴人側の強い希望によってされたものである事実が認められるが、本件全証拠を検討しても、右の転医がされず控訴人小坂の診療所において引き続き治療を継続しておれば被控訴人が右大腿切断を免れたと認めることはできない。それ故、控訴人らは被控訴人が転医した一事をもってその責を免れることはできない。」

11  原判決二七枚目―記録四三丁―表四行目より同裏三行目までを次のとおり改める。

「そこで、右の利益喪失の額について検討する。思うに、労働能力喪失による損害は当該不法行為時に発生したものと解すべきではあるが、その評価に当っては、労働者の賃金が一般に年々上昇の傾向にあることを思えば、必ずしも不法行為時の資料に基づく労働者の一般賃金を基準として損害を評価しなければならないものではなく、その後適宜な時機において明らかとなった労働者の一般賃金その他の資料を用いることは妨げないものと解する。

しかるときは、被控訴人は昭和二七年一一月一〇日生れで(右の事実は、当事者間に争いがない。)、就業可能となった昭和四八年一一月二〇日当時の二一歳から六七歳まで四六年間就労可能とすべきであり、その逸失利益の算出にあたっては就労可能年数その他諸般の事情を考慮し、最近の昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢計を基準とすべく、これによれば、きまって支給する現金給与額は二〇万六九〇〇円であり、年間賞与その他特別給与額は六七万三八〇〇円であるから、年間収入は三一五万六六〇〇円となる。

206,900×12+673800=3,156,600

そして、被控訴人は前叙のとおり今後その労働能力の七割を失ったものであるから、ホフマン係数により中間利息を控除して逸失利益を計算すれば、その額は五二〇〇万〇五三四円となる。

3,156,600×23.5337×0.7=52,000,534

なお、控訴人らは、被控訴人の主張する労働能力喪失による損害賠償請求のうち当審で拡張した部分は、時効により消滅した旨主張する。しかし、右請求拡張部分は、当初の請求における訴訟物たる不法行為に基づく損害賠償請求と訴訟物を同じくするもので、ただその損害額を拡張したものにすぎない。それ故、特段の事情の認められない本件においては、本訴の提起による時効中断の効果は、右請求拡張部分にまで及ぶのであるから、控訴人らの右主張は採用しがたい。」。

12  原判決二八枚目―記録四三丁―裏七行目に「合計金一九八三万〇六七一円」とあるのを「合計金五五八一万三九三四円」と改め、原判決二九枚目―記録四四丁―表一行目に「金一六〇〇万円」とあるのを「金三三五〇万円」と改め、同二行目に「原告を二、被告山口を八」とあるのを「被控訴人を四、控訴人山口を六」と改める。

13  原判決二九枚目―記録四四丁―裏五行目に「金一〇〇万円」とあるのを「金二〇〇万円」と改める。

二  以上の次第であるから、控訴人両名は各自被控訴人に対し、本件事故による損害賠償として金三三五〇万円及び弁護士費用として二〇〇万円合計三五五〇万円並びにうち弁護士費用を除く三三五〇万円に対する本件事故の日である昭和四七年五月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付加して支払う義務がある。よって、右金員のうちの一部請求である被控訴人の控訴人らに対する本訴請求、当審における拡張部分を含めて正当として認容すべきであり、被控訴人の本件附帯控訴は理由があるので民訴法三八四条に従い原判決を変更して、主文掲記の金員の支払を控訴人両名に命じることとし、控訴人らの本件各控訴は理由がないので同法三八四条によりいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、同法八九条、九三条但書、九六条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部秀信 裁判官 宇野榮一郎 川上正俊)

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